2011年10月18日

忘れなければ二度目の死は来ない。


ちょうど一年前の今朝、芝居仲間が死んだ。いや、彼自身はとっくの昔に芝居から遠ざかっていたから「芝居仲間」と言ってよいものか。とにかく、僕の友人で仲間だった男だ。早世、というには早すぎる36歳の若さだった。

僕が彼と出会ったのは2000年の暮れ。 僕が他劇団に書き下ろした作品に出ていたのがきっかけだった。当時まだ20代後半だったにも関わらず、もうすっかりハゲていて、稽古場で、酒の席で、彼の薄毛はよく笑いのタネになった。自らネタにするくらいだからその笑いは決して陰湿なものではなく、僕はよく彼のМ字ハゲを形容して「凹凸の凹」と呼んでいたがその度彼は「早く凸りてぇ!」と応じて爆笑を誘っていた。そんな事をみんなが平気で言える程、彼は大らかで、懐が深くて、そして本当にみんなに愛されていた。彼の悪口を言う人間は一人もいず、彼もまた、誰の悪口も言わなかった。


 それから数年して今度はLBに出て貰い、彼はそれを最後に芝居から足を洗った。とある牛丼屋に就職し店長にまで昇進し、来る日も来る日も仕事に精を出していた。


 死因は恐らく過労死だろう。亡くなる直前まで親交があった女の子が電話でそう教えてくれた。そして僕はその彼女の話から、彼が亡くなるまでにどれだけ過酷な労働を強いられていたかを知った。牛丼屋の店長として毎日毎日、朝から晩まで働き、終電過ぎてなお帰れない日も多く、それでも翌朝はまた早朝から勤務。百円ショップで下着だけ買って、マンガ喫茶で仮眠を取る事も多かったという。

 そんな過酷な日々がどれだけ続いたのかは分からない。ある日従業員が、店長が出社して来ない事を不審に思い、彼のアパートに向かい管理人立会いのもと部屋の扉を開けると、布団の中で眠る様に死んでいた彼を発見したという。まさに彼は眠りながら死んでいったのだ。
「○○屋、ぜったいおかしいですよ。あの会社めちゃくちゃです」受話器の向こうから女の子のやるかたない憤りが伝わって来る。僕もその話を聞きながらやるせない思いに捕らわれていた。


 布団に入り、明日の為に眠る。もしかしたら、その日の彼にとって久しぶりの我が家での安眠の床であったかも知れない。だが彼は起きる事無く、そのまま死んでいった。生への執着も、死への清算も何も考える事も無く、思う時間さえ与えられずある日突然、生きる事が中断させられる。よく「どんな思いで死んでいったのだろう」と死者を悼む事があるが、彼の死にはそれさえもなかったのだ。

 
 僕が彼の死を知ったのはラストブランドのHPに、彼の兄が連絡をくれたからだった。それから僕は知る限りの共通の知人友人に連絡をして、有志で香典を募り、11月7日、彼の実家である静岡まで赴き葬儀に参列した。
 読経が終わり、永別を告げる為遺影に近づいてみて気がついた。静謐な笑みで斜を見つめている写真の中の彼は、白衣を着てネームプレートを付けていた。それは僕が書いた病院物のコメディのワンシーンだった。

 帰りの新幹線の中でも、いやそれからしばらくの日常でも、彼の死が常に頭の片隅にあって何をするにしても身が入らなかった。ブログも幾つかネタを考えていたがまったく書く気にもなれず、ましてや「○○が死にました」なんて容易く書く気にはなれずそれ程彼の死は(自分でも予想以上に)重くのしかかっていた。
『討ち死に』という事を時々考えていた。彼の死はまるで討ち死にの様だった。

 牛丼屋でよく激安キャンペーンを行っている。各社のその凌ぎ合いはまるでチキンレースの様だ。だがそのしわ寄せが従業員への薄給や超過勤務と言った労働環境に来ているのだとしたら、彼はまさしくその犠牲者ではないか。そんな事を考えていた。


 あれ以来僕はその牛丼屋に行っていない。一生行かないと思う。「二度とそのメシは食わぬ」との思いがある。他の牛丼屋も、そうと知っていれば激安キャンペーン中は行かないことにしている。うまく説明出来ないのだけれど、彼に申し訳ないような気がするのだ。


       
posted by ラストブランド at 13:59| 東京 曇り| Comment(4) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

『居残り大臣』

夏ごろに構想を練っていた落語。


「お願いします大臣、そろそろ辞めると言って頂かないと、国民が納得しません」
「何言ってんだいバカだねまったく。お前はものの通りが分かって無いよ。こんな国難を揺るがす未曽有の災難に大臣が辞めてどうするんだ」
「いえ大臣、こんな国難だからこそ、大臣に辞めていただかないと」
「なんだいその言い分は。それじゃまるで私が無能みたいな言い方」
「無能です」
「まだ言い終わって無いんだよまったく。お前はせっかちだねぇ。いいかい?急がば回れって事があるだろ。急いては事を仕損じる。こういった国難だからこそ、腹を据え落ち着いて行動をしないとって、ええ!?今お前なんつった!?」
「はい。無能と言いました」
「お、おぉぅそうか。随分はっきりと」
「政府内でも国民からも、そして海外からの評価も、大臣の無脳っぷりはもっぱらの評判です。ネットで大臣の名前を検索するとセットで『無能』が付いてくる程です」
「人の評価をマクドナルドみたいに言うんじゃないよ。べ、別に『無能』だけじゃないんだろ?私の名前を検索してセットで出て来るワードは」
「はい。最近は何故か『有能』というワードも一緒にヒットするようです」
「だろ?なぁ、国民はちゃんと見てるんだよ」
「ですがそれはわが党の党員が大臣の名前と一緒に『有能』で検索しまくっているからだと思います」
「じゃ手前みそじゃねえか!なんだいさっき『何故か』って自分で言ってたのに」
「はい。何故か『復興対策本部』のメンバーでやってるようです」
「すぐ止めさせなさい!復興対策って私の復興対策かよ。ちゃんと被災地の復興をやりなさい」
「大臣、感動しました」
「なんだよ」
「無能な大臣でもその程度の常識は持ってたんですね」
「失礼だな君は」
「しかし大臣。これ程の無能っぷりが露呈した今、さっさと辞めて頂かないとわが党の支持率は下がる一方です」
「あぁ、出たよ。支持率ばっか気にして何にも出来なくなる支持率病が。僕なんて大臣に就任して以来、支持率なんて気にした事ないよ。1%になっても僕は辞めないからね!支持率乙。支持率ワロス。支持率www」
「大臣、ネットのやり過ぎじゃないですか」
「そんな事はない」
「震災直後に三週間以上国民の前から姿を消していた時、『大臣は報告を聞きながらパソコンのマウスをいじってるだけだった』という噂がありましたがまさか事実では」
「そんなことはない」
「まさか『未曽有の震災が起きたんですが大臣がするべき仕事を教えて下さい』ってヤフー知恵袋に投稿したりしてませんよね」
「・・・・・」
「したんですね」
「ちゃんと『総理大臣がするべき仕事』って書いたよ」
「なおいけません!っていうか大臣、いい加減辞めませんか。このままじゃ支持率も下がるし次の選挙も闘えません」
「またカイワレでも食うか」
「そんな事で支持率は上がりません」
「あの頃はよかったなぁ。私の人生のピークだったなぁ」
「総理大臣やってる今じゃないんですか」
「だってみんなにめっちゃ嫌われてるんだもん」
「あぁ。その位の自覚はあるんですね。ならもういっそのこと辞めませんか」
「辞めません」
「辞めて下さい」
「辞めたくない」
「辞めて下さいって」
「辞めたくないって」
「辞めろ!」
「いやだ!!」
「・・・・・大臣。じゃあ一体いつまでやるつもりなんです」
「はい。ニンキが一杯になるまでです」

 
posted by ラストブランド at 08:15| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

宣伝のつもりだが逆効果になっても知らんがな



神田蘭の講談ライブにお越しいただきましてありがとうございます。
おかげさまで無事終わりました。演出の立場からお礼を言わせていただきます。
よく言われたんですがあの影絵に出ていた殿様、僕じゃないですよ?あれシルエットなんで分かりづらいと思うんですが島田紳助です。引退されたのでダメ元でお願いしたら「ええで」とのことだったので出ていただきました。ありがとうございました。


 さて今日のテーマは六月九月と、講談ライブに連続で出演していたあのマッチョ、特にいつも下手(客席から見て左側)にいるあのマッチョについて。
前回のライブの際、オープニングをどうするか幾つか案を出した中で、「緞帳が上がるとマッチョが踊っていて神田蘭がリフトでマッチョに連れられ登場する」という案を出したところ、いたく気に入ってくれてそれが採用となった。

 さて、となるとマッチョの調達だが僕が辛うじて知っているマッチョが「five plots」にも出て貰った長江君のみ。最低もう一人マッチョが必要だったので長江君に紹介してもらったところ連れて来たチョーマッチョがジャスティス岩倉こと岩倉健伸だった。ヤツとのこの出会いが後々まで禍根を残し、僕の人生に深い傷跡を残すことになるとはこの時の僕には想像すら出来なかった。

 彼の事知ってますか?ええと知らなくていいです。知らなくていいけど一応説明しておきますね。
芸人です。売れてない芸人です。それだけならいいんですが全然面白くない芸人なんです。
まず滑舌が死ぬほど悪い。
「名前なんてえの?」「ジャスティシュイワクラでしゅ!」自己紹介で噛む。自分で付けた芸名で噛む。
楽屋や飲み屋でいろんな話を聞いたのだが話し始めて二秒くらいでもう日本語から遠ざかる。聞き取れない。
その場にいた全員がいっせいに「ええ!?」と聞き直すほど分からない。本人的には「すべらない話」の類いなのだがスベってるのかスベってないのか舌が滑ってないので分からない。返事や相槌でよく「ジャスティス!」と返してくるのだがその大半が言えてない。
それで年齢を聞くと「ニクです!!ジャスティス!」と答える。29歳だからニク。鬱陶しいでしょ。本当は岩倉健伸という名前も芸名らしくて本名は岩井なんとかというのだがどうでもいい。芸名の由来は確か岩倉具視と上杉謙信のファンだからだったような気がするが興味がないので分からない。貰った名刺には肩書きとして「力業師」と書いてあった気がするが捨ててしまったのでよく覚えていない。

「力業師」の由来だが、なんでもフライパンを曲げるのが持ちネタ?らしく、その為いつもフライパンを持ち歩いてる。わけでも無く大体手ぶらである。本番までに用意しとけと言っておいた海パンも無い。大体マッチョって筋肉美を披露するのが商売みたいなもんだから海パンくらいあるのかと思いきや、無い。
ライブで使えるかもと思い、いつだったかフライパンを持って来させ曲げさせた事があるけど、まぁ確かに曲げます。ここいろいろツッコミたいんだけどやめときます。取りあえず曲げます。

 元自衛官という、芸人としては珍しい履歴を持っていてあの震災では即応予備役として被災地に赴いていたらしい。そしてほんとに芸人としては珍しく、そして一番どうでもいい情報なのだが童貞である。以前僕も童貞だと冗談で言ったら真に受けたらしく、こないだ「貞さんとどっちが早く童貞無くすか競争です」と言っていた。
ごめんジャスティス、オレこの歳で童貞だったらもう僧侶になるよ。


芸人で、元自衛官で、マッチョで、童貞。どうです?マストアイテムばかりでしょ?これがファイナルファンタジーだったら無敵のキャラなんだけどなぁ。

 
それで講談ライブでの彼の役割としては「歌謡ショー」でバックで踊ることなのだがこれが本当に覚えが悪い。
まず振付を覚えるのに一苦労。そのあとリズムを取るのに一苦労。その前にリズムの概念を教えるのに一苦労。最後に舞台に出て行くタイミングを教えるのに一苦労。
初め僕は割とシンプルでもかっこいい振付を予定していて、そういう事が得意な卒業生にも頼んでいたのだが必要なかった位全然動けない。ジャスティスがあまりに踊れないので「じゃあこれ出来る?」「これは?」って感じでどんどんシンプルにしていった挙句、最終的には「バンザイを四回やった後、寂しそうに佇む」という、踊りだか何だか分からない振付にしたのだがそれでも本番で完全にズレていた。奇跡。ネ申。よく「本番に強い」というが、こんなんでも本番ではちゃんとやるのかなと期待(と言うより現実逃避)していたのだがびっくりするほど結果出さなかった。どんだけ深ヅメしたんだよってくらい爪あと残さなかった。僕はブースで見守っていたのだが全力で楽屋に駆け込んでいってその助走を利用したまま思いっきり頭をはたいてやった。今回のライブでも、エンディングで一人だけリズムが裏打ちだった。よく言えばね。

 だがこんな彼でもいい所がたくさんあって、とこう書いた後でいい所を一時間位探してみたのだが、ようやく見つけたいい所はとても前向きなことである。前述したとおり頭を叩いてもにこにこしてるし、死ぬほどダメ出しをしても死なないし落ち込まない。
「ジャスティス全然面白くないよ」
「おもしろくないのになんで喋んの?」
「もう一回自衛隊行って砲弾になれ」
「お前は栄養が全部筋肉に行ってしまった稀有な例だよ」
「(柔軟性が無いので)人間はみな無数の筋肉で覆われてるけどお前はふっといのが三本しか無いんだよ」


何を言っても怒らない。くよくよしない。公園でダンスの練習をしていた時も、振付担当の卒業生がジャスティスの不甲斐なさにずっとクスクス笑っていたのだがその事も彼は前向きに捉えてしまう。
「あの人、絶対俺の事好きだと思うんですよね。だって俺が何やっても笑ってくれるんですよ」
それは笑わせてるんじゃなくて笑われてるんだよ。こんな古典的なツッコミが彼ほど似合う男はいない。稽古終わりにその子に「写真一緒に撮ってください」と頼んで「嫌です」ととてもシンプルに断られている筈なのに。
まぁここまで来るとポジティブシンキング、と言うより物事をネガティブに考えるシナプスが全部筋肉になっちゃったのかも知れないな。断られた筈の写真もちゃっかり撮ってちゃっかり自分のブログに載っけてるし結果オーライの奴の生き方が心から羨ましい。とはぜんぜん思わないけど。


 まぁいろいろ書いたけど、ジャスティス岩倉は使いようによってはいい素材に化けると思う。エスパー伊東を操る矢部っちみたいにいいツッコミが相方としてつけばエンターテイメントになるとは思うんだよな。少なくともノビシロはあるよね。フラもあるし。
そんな訳で文章でそんなことが出来ないものかと思いこんなの書いてみました。僕は相方にはなりませんよ。だってあの世界、どんだけ年上でも入った順じゃないですか。「ジャスティス兄さんつまんないっすよ!」って言ってるだけでストレスになります。


このブログ書くにあたってジャスティス本人に確認してみました。「この事と、これとこれ書くけどいい?」って。
返事が「ジャスティス!」だったのでまぁいいかな、と。
posted by ラストブランド at 00:21| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

だんだん芝居のサイトらしくなってきた。

 さっそくのチケットご応募ありがとうございます。まだまだ受け付けておりますのでどしどしご応募くださいませ。
 それとは別件で。

教え子たちが主軸となって活動している劇団があるんですがもうすぐやるらしいので宣伝を。


たまには人助けもするのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」

1万円札、福沢諭吉の原点は大坂の蘭学塾だった。

身分を問わず、
生まれを問わず、
年齢を問わず、
オランダ語の実力だけが、
己の位置を決める宇宙。

塾の名は適塾。
塾長は緒方洪庵。

明治を支えた人材の宝庫における、
奇跡の青春を熱血天使が描く。


*PV*
http://www.youtube.com/watch?v=DzhjfjdMMLE


第23回池袋演劇祭参加作品

〜劇団熱血天使第5回公演〜

【興す人々】

@小劇場てあとるらぽう


*アクセス*
西武池袋線東長崎駅から徒歩1分(池袋から2駅)
http://www.t-rapport.com/access.htm


*タイムテーブル*
9月
14(水)◎14:00/◎19:30
15(木)★14:00/19:30
16(金)★14:00/19:30
17(土)14:00/19:00
18(日)14:00/19:00
19(月)13:00/17:00
※受付開始は開演の45分前、開場は30分前です。

*チケット*
前売り:一般2800円/学生2500円
当日:一般3000円/学生2800円

◎初日ひとりでも割(昼、夜学生、一般共にお一人様)
【一律\2300】


★平日昼ペア割
対象日時→15(木)16(金)14:00の回

お二人様で

【一般\5000(通常\5600)】
【学生\4000 (通常\5000)】


※学生+一般のペアの場合は一般のペア割に準ずる


こちらのURLからもご予約可能です↓
http://ticket.corich.jp/apply/29330/003/

公式HP*
http://nekketsutenshi.web.fc2.com/


稽古場BLOG*
http://ameblo.jp/nekketsu-tenshi/


*動画番組‘熱血天使のHOT THEATER!〜MOVE〜'*
http://www.ustream.tv/channel/%E7%86%B1%E8%A1%80%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%AEhot-thieater-move
→毎週水曜日、22:30~生放送配信中☆



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


長いんだよバカヤロー。どんだけスペース取る気だこのヤロー。


まぁでも20代半ばでホン書いて芝居作ってなかなか彼らもがんばってます。僕初めて小劇団で芝居作ったの26ですからね。
よく招待状くれるので観に行くんですが前回は高杉晋作と、なんか中国の坊主と、後はなんだっけか、アラブの大富豪だったかアラファト議長だったか、すいません高杉以外は適当ですがその三者の、なんと輪廻転生とそれにまつわる因果と業を描いていて、若いのに大したものだと感心したことがあります。僕初めて小劇団で芝居作った時は、洪水で家が流れてその家々のデッドヒートを堤防で一家が応援している、っていう訳の分からない話でしたからね。今後が期待されます。もっと大きな劇団になったら潰しにかかろうっと。や、それよりすり寄った方が・・・。


え〜興味のある方はぜひご覧になってください。
別に受付で「ラストブランドのブログ見ました」とか言わなくていいです。
posted by ラストブランド at 14:46| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

閑話休題、じゃなくてこっちが本題。



いかん。ボヤボヤしている間に総理大臣が決まってしまった。
代表選に名を連ね、菅を批判し菅の後釜を狙う人々、名付けて「KICK THE 菅 CREW」について何か書こうとしていたのに。
しかしこっちのKICKにゃリトルばかりでクレバーがいない。


 
 たまには本業についても書かないといったいここは何のブログだって思われかねないので書きますが僕ねぇ、今講談師のライブの総合演出をしているんですよ。


9月20日(火)内幸町ホールにて


神田蘭 ドラマチック講談 Vol.5


花のお江戸のプレティウーマンシリーズ
『闘え!踊るシングルマザーー!!』
 


開演 19:15 (開場 18:30)



料金  前売り:2500円 当日:2800円

内幸町ホール 千代田区内幸町1−5−1 JR新橋駅・都営三田線内幸町駅最寄




大切なことなので改行をたくさんしました。



実はこれ六月にもやってるんですよ。告知しろよって話ですけど。講談師のライブと言っても歌ありコントありの気軽に楽しめる構成となっております。われわれ、講談の普及に努めております。
講談も古典(『姐己のお百』予定)から新作(この共同執筆も手掛けています)まで、幅広い内容となってます。是非お気軽にお越しくださいませ。


 
新作は 徳川第十二代将軍徳川家慶の時代に、大奥で踊りの指南役を務めていたと言われる坂東照代(後に坂東兼治)、通称『おぎん』の人生を描きます。このおぎん、大奥勤めの七年間に身籠るんですが実は相手が誰か判明していないそうです。
 そこでこちらは腹ではなく想像を膨らませ、虚々実々も織り交ぜ、時には時代設定も無視し、必要とあらば歌も歌い、請われれば踊りも舞い、日照りの夏はおろおろ歩き、麦と少しの野菜と肉をたらふく食べ、聴くだけでなく見ても楽しいエンターテイメントに仕上げます。われわれ講談の普及と、可能性にも挑戦しています。


 神田蘭って知ってますか?ええと、ググってください。実は巷でグイグイ来てる(なんだこの表現)、僕が密かにブレイク間近と目している講談師です。今までの創作講談をまとめた本も出しているんですがこれがねえ、なかなか売れているんですよ。あ、今度「笑点」にも出演するそうです。
 実は毎回チケットもあっという間に売り切れてしまって入手するのが困難なんですけど、今回は無理言って『貞岡枠』を頂きました。あ、それでもお早目にお申し込みください。


下記チケットフォームにて御予約を承っています。
http://form.mag2.com/croutiaphi



 地デジ未だ未対応でお馴染みの 貞岡秀司。
posted by ラストブランド at 06:56| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月14日

ヒロシマについて。

 一生に一度ぐらいはあの式典に参加しなければと去年あたりから思っていた。去年は、「ラバコン」を書いていた最中で、被爆者サクラを描いていた事もあり、役者達に呼びかけ、8月6日8時15分に全員で黙祷した。

 今年は広島に行った。8月5日に東京を出て当地でホテルを探して泊った。
 
早朝、6時半にホテルを出て20分程歩き平和公園に向かう。途中から人々がぞくぞくと一点に向かって歩いて行くので迷うことなく辿り着いた。

 あの、テレビでよく見ていたテントのある会場には入れないものだと思っていた。部外者だし。被爆者や市民や関係者だけが入るものだと思っていた。だがどんどん案内されていく内、テントの下まで導かれた。
「一般」とプラカードが立てられている。本当に座っていいのか不安だったので係員に聞いた。殆ど空席でガラガラだったせいもある。だが僕の心配は杞憂となり8時近くにもなると空席もほぼ埋まった、

 8時15分に鳴り響く鐘の音と共に黙祷を捧げた。

 原爆が卑劣なのはその性能もそうだが、投下された時期にもある。猛暑、ただでさえジリジリと肌を焦がすこの八月の炎天下に、この史上もっとも残酷な兵器は使用されたのだ。

 相生橋地上600メートルで炸裂した原子爆弾は、広島市民の肌を焼き焦がし、剥ぎ取った。その肌に無数のガラスの破片が突き刺さった者もいる。ケロイド状になった者もいる。その、むき出しになった皮膚に、この炎天下が照りつけるのだ。何をもってしてこれほどの残酷な事が出来るのか。まさに地獄である。

 だが広島市民は不屈である。例えばその復旧の早さ。なんと被災した三日後には一部の路面電車は復旧させていたそうだ。三日後!あれだけの惨劇を目の当たりにしながら、みずからも被災しながら三日後には電車を走らせる。驚嘆すべき底力。現在の東日本でも感じたがあらためて日本人の、不屈の精神というものを感じる。


 広島市長の平和宣言は、初の戦後生まれの市長とあって、被爆者から体験記を募集しその二例を紹介していた。みずからは「脱原発」を主張する訳ではなく「核と人類は共存できない」との言葉を引用し、「脱原発」の意見もあると紹介するに留まった。

 こども代表の「平和への誓い」。小学六年生の男女二人で交互に読み上げるのだが、これがなかなか泣かせやがるんです。
 「どんなに苦しかったでしょう。どんなにつらかったでしょう。」

 そしてここで実に絶妙な間を取って

「どんなにくやしかったでしょう」と続けるのだ。

ちゃんと三つ目の「どんなに」でプロミネンス(強調)を使って。僕は思わず涙ぐんでしまいました。誰だこの子に指導したの。「未来を作るのは人間です。喜びや悲しみを分かち合い、諦めないで進めば必ず夢や希望が生まれます」ほんとにそうですね。

 そして我らが菅直人。何でしょうこの人は。市長、子供代表と続きスピーチを行ったのだが、いやね、ほんとにね、ほんと心籠もってないんです。声は籠もってるんですけどね。

 官僚作成の作文棒読みでさ。僕は聴衆の雰囲気を肌で感じていたが明らかにみんなポカーンなんです。って言うか聞いてない。
 それまでの市長、子供代表はみんな神妙に聞き入り、時には涙ぐみながら静聴している。
 ところが我らが菅直人が喋り出した途端、みんなざわつきだし、デジカメで撮り始め、修学旅行の中坊は前方に移動し、ボランティアの人々は車椅子を押して走り出す。お願い!みんな聞いてあげて!僕達の総理大臣だよ!

  聞くまでもなかったけどね。

 被爆者の心情に触れたのは冒頭だけ。その後は「核兵器の無い世界の実現のため」や「この悲惨な体験を語り継ぐため」に、自分が何をして来たか、その自画自賛ばかり。

 後は報道されている通り「脱原発」についてですね。この年だから東日本大震災やそれに伴う原発事故に言及するのも当然である。市長もこども代表もそれに触れている。ただ、この人のパーセンテージは度を越している。僕はこのスピーチを録音し文字に起こしてみたのだが実に原発関連が3分の一を占めていた。それも大事だけど、そんなことを延々とここ広島の祈念式典の日に語る総理って。

 この人の空気の読め無さったるやなんだろう?僕は「被爆者・遺族」の近くにいたが総理のスピーチには拍手しない人も何人かいた。
なんて言うか。子供に負けてるんだよね。こども代表のスピーチがもっと心に染みたぜ。
 

「ラバコン」に登場するサクラは罹災した広島の街を両親を探して被曝する。戦後、かつて所属していた歌劇団が再開する事を知り嬉々として上京するがその道中、被爆による諸症状が発症し、苦しさと悔しさにのたうちまわりながら死んでいく。実在したタカラジェンヌをモデルにした人物だがとても思い入れのあるキャラクターである。
僕はこの広島で多くの原爆の犠牲者と共にサクラの御霊にも哀悼を捧げた。


 原爆のおかげでもっと多くの人々が戦争で死ぬのを防いだ。そんなの大嘘である。アメリカは原爆を使いたくて仕方がなかったのだ。原爆そのものの破壊力を知るため、投下予定だった都市には空襲をしなかったのだから。新潮である教授が書いていたが当時日本の軍部は原爆投下の前にアメリカに戦争終結を打診していたという話もある。

 だけどこの旅行で怨嗟の念にとらわれるのは止めようと思っていた。

 祈念式典や資料館や、原爆で壊滅した本川小学校平和資料館でも多くのアメリカ人がいて、みな平和について考えているし、六日夕方六時から始まった元安川での灯ろう流しで、韓国人の女の子とアメリカ人の女性に挟まれながら延々と流れて行く灯篭を三時間近く眺めていたがその時僕が感じていた事は、なんて言うか、みんな仲良くやろうぜ、というとてもシンプルなものだったからだ。
 何より、広島市民があれだけの惨劇を体験しながら、報復より対話を選択し、平和への礎を築いて来たのだから。

 せっかく広島に行って来たので観光としての感想も。僕はこの地に訪れたのは二十年ぶりだったのだが実に綺麗な街に変わっていた。ゴミが殆ど落ちていない。それからヤクザものがいなくなっていた。昔は市内随一の繁華街は流川という地で、そこは誇張でも何でもなく四つ角すべてにチンピラが立っていたが今回一人もいなかった。
 それから、二十年前に食べたお好み焼きがめっちゃくちゃ美味くて、その味を再び捜し求めたのだがどこへ行ってもあの味を見つける事が出来なかった。駅前で「広島『風』お好み焼き」が売られているのを見て、「ここで『広島風』ってどないやねん!」と突っ込みました。心で。
 それと、宿は当地で探した方が安いです。僕は池袋の窓口で「パックだと安くなりますよ」と言うので見せて貰ったが最低一泊三万のホテルばかり紹介してきやがった。当地で探したら3150円だった。もちろんちゃんとしたホテルですよ。みなさん旅行は計画的に。


貞岡秀司
posted by ラストブランド at 14:03| 東京 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

私のことは嫌いでも、フジは嫌いにならないで。

「これじゃまるで鶏の突っつきあいパーティだ」
「突っつきあいパーティ?なんだいそれは?」
「鶏って奴はな、仲間の一羽にちょっと血のついたやつがいるのを見るといっせいに襲いかかって突っつき始めるんだ。後には血と骨と羽しか残らない」(デールワッサーマン脚色「カッコーの巣の上を」より)


今より遥か昔、ある写真週刊誌が「○○の科学」の教祖の中傷記事を載せた時、信者が大挙してその発行元である○談社に抗議した事がある。執拗なまでの電話や不要なファックスの大量送信等、その抗議は講○社全体の業務に支障をきたすほどだった。
当時僕はその宗教の信者に「教祖を批判した写真週刊誌の編集部に抗議するならまだしも、何故会社全体を狙うのか」と聞いてみた事がある。「他の社員にはなんの関係も無いではないか」
だがその時彼女は、「そういう会社に勤めていることが既に罪だ」と真顔で言った。「罪深い写真週刊誌を自社で発行しているのを知っていながら、何も手を講じない、だからそんな目に会うんです」

今のフジ叩きを見ていると、そんな「関わっているものすべて敵」という短絡的なパラダイムに支配されている気がしてならない。確かに韓流推しが目に余るかも知れないし「怪しいお米」に至っては言語道断、馬鹿の極みである。
だけどその勢いにかこつけて何でもかんでも批判すりゃいいってもんじゃない。

8月7日に放送された「イケパラ」でのTシャツだが僕は初めミクシィの日記で知った。
「前田敦子が『島国の馬鹿に原爆を』と書かれたTシャツを『イケパラ』で着ていた。それも広島の原爆が投下された翌日の放送日に。フジテレビは一体何を考えているのだ」そんな内容。
僕はそれを見た時に「まさかそんな事をテレビ局がやるか?」と半信半疑だった。だがどうしても事の真偽が知りたいと思い件の放送をYou Tubeで探してみた。それが本当なら由々しき事だ。著作権の問題でなかなか閲覧できない中、やっと見つけたアップされた映像は動画ではなかったが状況は把握できた。
洗濯機の前で中村某と前田敦子が話している。そして前田敦子の背中には「LITTLE BOY」のロゴが。
相手役との背は歴然の差。・・・・・え。ほんとに?いや。つまりこれはあれだろ。ドラマの設定から考えて単純に「ちっちゃい男の子」って意味だろ。こんな事でみんなフジに抗議してるのか?
 だがまだ前面のロゴが残っている。その内容次第では、確かに「LITTLE BOY」が広島に投下された原爆の意味にもなり得る。僕は更にあちこち検索してみた。あった。そこには「FOOL ON THE HILL」と「FRIEND」の文字。・・・・。幽霊の正体見たり、でもないけどなんて言うか、みんな凄い想像力だな。これはただのビートルズじゃん。

「FOOL ON THE HILL」が「島国の馬鹿」と言う意味を持つのか念のため手元の辞書で調べてみたけどそうはならない。「hill」には「丘」「小山」「坂道」以外に意味はない。それどころか、Hを大文字にして「the Hill」と表記すると「アメリカの国会議事堂」の意味となるらしい。アメリカのですよ?日本や英国の国会議事堂はまた別の表現になります。ならさ。ならどうしても全部ひっくるめて意訳したいなら島国どころか「アメリカに原爆を」ってことにならないか?
The Beatlesの 「Fool On The Hill」はそもそも「周りに馬鹿にされている賢者」の話だった筈だ。Foolの対象者には敵意や嘲笑よりも愛着や敬意が含意としてある。それを含めての「FRIEND」じゃないの?

「原爆投下の際にエノラゲイの搭乗員がこの言葉を言った」とか「Foolはガリレオを指しその友人ということは‘ヤバイ人の友人’と言う事になりつまりこれは日本人」とかネットではソース不明の情報や都市伝説まがいまで飛び交って総じてそれがフジ批判になっている。「ちょっとそれは違うんじゃ・・」と意義を唱える人がいたら「天邪鬼がカッコイイと思ったら大間違いですよ」なんて言われてる。
また言うぞ。善意のファシズムだよこれ。その歪んだ正義、なんとかならないか。じゃあ何か。前田敦子が「鉄腕アトム」のTシャツを着てても文句言うのか。ウランちゃんも込みならフジだけじゃなく手塚治虫にも抗議するのか。

だけどノストラダムスの四行詩ばりにみんなあれこれ想像力を膨らませるくせに「LITTLE BOY」だけは「広島型原爆の意」と、狭義の解釈しかしない。直訳すれば「小さな少年」となる「LITTLE BOY」という言葉が、たとえ原爆の別名として使われたという悲劇的な歴史があったとしても、その歴史的事実それだけで、その言葉そのものが、それだけの意味しか持てなくなってしまうのは、言葉を扱う端くれとして非常に危機感を感じる。それは言葉を殺す行為だからだ。一つの言葉には、それぞれ沢山の意味が含まれているのだから。ジョージオーウェルの「1984年」の世界じゃあるまいしわざわざ言葉を限定させていく必要はない。
可愛い少年に「Hey. Little boy」と呼びかけるのにいちいち広島の被爆者に気を使わなければならない世界は非常に窮屈で息苦しい。むしろその悲劇があったからこそ、「LITTLE BOY」という言葉のダークサイドを相対化していかなければいけないんじゃないのだろうか。

放送日に問題があるという意見がある。8月7日だからね。だけどこのTシャツ、第一話から着ていた奴なんだよね。僕ねぇ、見たんですよちょっとだけ。第一話。もうつまらなさに呆れて「しょ〜〜〜〜〜〜もね〜〜〜〜〜〜」と息が続く限りため息をついてテレビ消したんですけど。その時に前田敦子が着ていたシャツがそれだった。記憶にあったが念のためそれもYouTubeで確認してみた。万歳ネット社会。

松田直樹の葬式で女子アナが笑ってたとかいうのもそうだけど、見た人によれば「そういうニュアンスで笑ってた感じはしなかった」と言うし、なんて言うか今フジを叩いてる大半の連中は初めに「フジ憎し」ありきだと思う。
明らかに何らかのバイアスがかかっている。っていうか、フジ批判しておきながらみんな見てるんだよねぇ虎視眈眈と。何か不祥事がちょっとでもあれば叩いてやろうとしてるんだろうか。テレビ局に抗議の電話をしてわざわざその様子を録音しネットで得意げにアップする。僕からすればその音声を聞く限り抗議者の人間性に違和感を抱くがそこに言及する者はあまりいない。いても袋叩き。突っつきあいパーティ。そこに健全さは何処にもない。
テレビはつまらない。それは確かに僕も感じる。昔はもっと作り手が生き生きとしていた。だけどつまらなくさせた一因が、こうやって揚げ足取りのごとく叩き批判する連中にも有るって事が分からないのだろうか?
批判と萎縮の悪循環が、テレビから活気と表現力をどんどん奪い取っている。

「ウジテレビ消えろ」「免許剥奪しろ」バーチャルで無責任にシュプレヒコールを挙げるその前に、リアルではまじめに働く多くのテレビマンがいるって事に気付かないんだろうか? それとも「そういう会社に勤めている事が既に罪だ」とでも言うのだろうか。

返す刀で「イケパラ」も茶化すけど、あのドラマを叩くならもっと脚本や演出の稚拙さや、後はAKB頼りで作りゃ数字取れんだろ等の安易な制作態度とか、もっと他にあるだろ。あと「学芸会以下の演技」と評しているのもよく見かけるがそれもまったくの的外れ。彼らの演技はちょうど学芸会です。

posted by ラストブランド at 09:32| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月28日

事実です。

「ブログ読ミマシタ。三ツ目はトモカク、『勤勉』ジャナク『勤労』ジャナイデスカ?コンニチハ。チャングンソクです」韓国にお住まいのチャン・グンソクさんからご指摘を頂きました。
 まったくお恥ずかしい。その通りです。馬鹿がばれるからブログ書かないと予言してたんですけど言った通りになりました。それも出だしの出だし、初っ端で。100m、ヨーイスタートでみんな走り始めたのに一人だけ水泳と思い込んでた程の勘違いっぷり。海パン一丁でグラウンドに飛び込み全身キズだらけです。隣のランナーなんで言ってくんねえのかなぁ。

 
 恥ずかしいのでグラウンドに突っ伏したまま(海パンで)弁解しますが、あれですね、ボケ始めてますよね。「はたらくこと」って思いながら「勤勉」って書いてんですからね。
 まぁここは謙虚に謝罪して訂正させていただきます。すいませんでした。ええと国民の三大義務ですよね。勤労、納税、節電です。

 節電みなさんやってます?震災以来東京は薄暗いですよね。暗いんじゃなくて薄暗い。そこそこみんな怒り出さないぐらいのギリギリのおもてなし。まぁ駅の案内板なんかはもう少し明るくてもよさそうなもんだけど。店なんかやってんのかやってないのか店なのかオヤジなのかもよく分かりませんよね。

 だけど本当に節電する必要あるんですかね。電力はホントに不足してるんでしょうか?

 
 震災直後の混乱期ならまだしももうみんな電力が充足している事は承知している筈です。火力発電の稼働率を7割に上げるだけで十分賄えるし何より東電の社長が「電力予想以上に余っちゃった」とほざいてるくらいなんですから。それなのに何故節電の啓蒙キャンペーンだけは相変わらず続いているんでしょうね。疑問に思う間もなく電気事業法の電力使用制限が出てきて大口使用者には15%の節電が義務(!)になってしまった。違反すれば一時間あたり百万の罰金ですよ?

 
 電力は余ってるのに?東電の社長がそう言ってるのに?だけどテレビでは連日節電を訴え、街中いたるところに節電を呼び掛ける垂れ幕やポスターやステッカー。電車ん中では僕の尊敬するあの作家までが「節電を我慢と考えないでたまには暑い夏もいいんじゃないかと考えるのはどうでしょう」なんて迎合している。
 
 
 日本人の大好きな善意のファシズム。 この健康と環境に優しく差別を許さない善意のファシズムが、エコロジーを扇動し喫煙者を絶滅に追い込み看護婦を看護師に変えマンガから黒人を追い出してしまった。この問題が厄介なのは節電することそのものは正しい事にある。だからみんな声高に異を唱えることが出来ないまま、本来「モラル」だった筈の節電が「義務」になってしまっても唯唯諾諾と従うしかない。
  
  おかしい。本当に変だ。

 さきほど「怒り出さない位のギリギリのおもてなし」と書いたけど本当はもっと振り幅大きく極端にした方がいいと僕は思っています。日常生活に大きく支障をきたすほど電力を供給しないか、節電なんかしないでガンガン電気使うか。そしたら前者は節電の必要性について本気で考えると思うし、後者は原発の必要性について本気で考えるようになる。東電の言う事なんて鵜呑みにしないでそろそろこっちで判断させてくれよ。


 震災から一週間ほど経ったニュース番組で、「髪を乾かすのもタオルでよく拭き取ってからドライヤーを」とかこまごまとした節電の必要性をとくとくと説くのを聞きながら呆然としたことがある。「御家庭で出来る限りの節電」を呼び掛けるならテレビ見るなって言えば一番早いじゃねえか、と。と言うより思いきって放送止めるって選択肢はテレビ局には無いの?と。津波津波津波ACACACACAC津波津波ACAC津波AC津波津波ACAC津波AC津波AC津波AC・・・。
 あんなトラウマになるくらい津波とACの映像繰り返し繰り返し流す程流す情報と映像が無いんならいっそのこと止めちまえばいいのにと何度思ったか。全局中止はもちろん恐ろしい事になるから、民放NHK6局が取り決めて交代で数時間ごとに放送するって手はなかったんでしょうかね。あの非常事態に。たったそれだけのことで一体どれだけ膨大な電力の消費を抑える事が出来たんでしょうね。節電を訴えるならね。

 ふぅ。初めふざけてたのに途中から真面目になった。キャラぶれっぶれじゃねえか。まぁいいや。一息ついて読み直してからアップしよう。そう思い、息抜きにテレビをつけてみた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何も、映ってない。完全に砂嵐。


あれ?本当に放送中止にしたの?どここれ?フジテレビ?すげえ、フジ!他の局は?えTBSも?日テレも?あれ全部??そんな、だから全局中止にしたら万が一の時に、・・・・・・・え?・・・・・・・・違うの?そうじゃなくて?・・・・地デジ化? ・・・何それ?おいしいの?

posted by ラストブランド at 09:14| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

あえて例の件とは違う話題で。

国民の三大義務。勤勉、納税、ブログ更新。  さぼってごめんなさい。


先日知人に叱られました。って言うか脅されました。
「表現する人間なんだからブログ書いてください。いろいろ斬ってください。って言うか斬れ。もの申せ。で書いたら俺に教えろ。なんでいちいち更新してないブログこっちからチェックしなきゃいけないんだ。長幼の序をわきまえろ。自衛隊ならこんなこと当たり前だぞ。だけどこのこと書くなよ。書いたらお前は終わりだからな」なんか混ざりましたかすいません。


じゃ何か書きましょうか。

だけど世相を斬るかぁ。オレに出来るかなぁ。そういうの一番苦手だもんなぁ。あ一番じゃねえな。一番苦手なのは店員が料理持ってくる時に「お待たせしましたあ!」って、あん時にツバが山ほど入ってることだった。てめえのツバは料理の仕上げか。隠し味か。黙って持ってこい黙って。それか頭上にうやうやしく掲げてその下で言え。


たぶんこういう事じゃないんだろうなぁ。

なんだろう。俺には何が求められてるんだろう。


僕ね、ブログって嫌いなんですよ。理由はたくさんあるんですけど厳選された二つを紹介すると、

・「ブログ嫌い」って言っとくとなんか賢そう。
・いろいろ書くと馬鹿がバレそう。
・っていうかバレてる。


だけど世相を斬るかぁ。なんか斬る世相なんてあったかなぁ。なんだろう?斬るべき話題?ん?だけど僕の意見なんて大したことないですよ?皆さまが思ってる事と大差ないです。こんな、普通に生活してる僕の意見なんて呆れる程普通です。こんな、人様に迷惑をかけないように大人しく生活している僕の意見なんて、ゴミもきちんと決められた曜日に出すような、火曜のリサイクルの朝にはちゃんとペットボトルと、ビンと、カン・・・。ん?・・・・カ、ン?・・・・・・カン?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かん。


気のせいですね。

たぶん気のせいでしょう。
まぁそのうちなんか書きます。多分僕のブログに求められてるのって「今日は銀座でスイーーーツ食べてきました!」とか手作り弁当の写真をアップとか「樹希亜(ジュキア。一人息子三歳)のわくわく成長期」とかそういう事じゃないのはうっすら分かります。


そんな訳で今日はここまで。いや、まだ長文のブログは医者に止められてるんです。ブログ更新にもリハビリが必要なんですよ。まり子さんや。メシはまだかい。

posted by ラストブランド at 19:45| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

そして「かえで版」。

長年演出をやっていて、どうしても無理というか未だ不可能、という事があってそれはもう諦念に近いものがあるのだがそれは「笑いのテクニックは人に移せない」。という事。


昔はよく役者に「この間で」とか「このニュアンスで」と何度も細かく演出や指導をしてみたのだが本番でどうしても笑いが取れない。すべる。舞台上や客席後方で忸怩たる思いをしながら「違う、違う」と何度歯噛みしたことか。それでようやく気づくのは、笑いのセンスの無い役者にはギャグを振らない方が無難。というごく当たり前の事実。


そしてこれは両刃の刃のごとく僕自身にも問題があって、「この間で」とか「このニュアンスで」と指定していく事によってその役者本来の持ち味や個性を殺してしまい結果がんじがらめにさせた状態でギャグをさせる、という自己矛盾。ほっておけばその役者なりに咀嚼して自己発見をして彼なりの面白さを出せたかも知れないのに、です。
まぁだけど「ほっとけば面白くなる役者」か「ほっとけば何も起きない役者」かどうかの見極めも必要ですがね。後者なら早めに処置しなければ死に至る。


さらに言えば「何度も細かく」返すことによってそのギャグの新鮮さがどんどん失われ本番時にはもう何が面白かったのかさえ分からないほど鮮度が落ちていることもある。


新しいテキストを稽古場に卸した時の役者の感触で「これは受ける」と確信して演出をしていくのだが、笑いを取るというのはかくも難しい作業で、稽古場で役者達が演じ「面白い」と手ごたえを感じてもなお蓋を開けてみてびっくりという事はある。
これにはまぁ他にも理由がある場合があって、エクリチュール(書き言葉)とパロール(話し言葉)の違いという問題も内在している。役者は僕が書いたギャグを「活字を読んで」笑う。
だが観客は「耳で聞いて」理解しなければならない。そこで予想外の反応が生まれたりする。だから僕は時々実際にテキストを渡す前に「こんなシーンを持ってこようと思う」と演じて感触を見る事がある。

もちろん稽古場での手応え通り、あるいはそれ以上に受けるということもままあるから分からない。
当然滑舌の悪い役者は鍛え上げなければいけない。舌は滑らないのにギャグは滑りますからね。


喜劇を書く時に最低限必要なのは「コメディリリーフとなれる役者を確保する」か「誰でも出来る(笑いを取れる)ギャグを書く」どちらかだと思う。あるいはその両方。そして僕はどちらかというと前者に重きを置いている方だと思う。僕が書いたギャグを、その役者の発想や雰囲気と融合させて化学反応を起こして笑いを取る。それが理想だと思っている。
なんというか、今田耕司がMCやるから面白くなってるバラエティっていくつかあるでしょ。
そんなこと。お?


だけどうまい役者は数あれど笑いを取れる役者ってなかなかいなくてね。ラストブランドに出ている役者を見渡しても金子森や井口、時々出てくれる岸哲生くらいかなぁ。後は女優だと旭丘弥生とか。こんな事書くと「ハードル上げるな」って怒られそうだけど・・。彼らの、なんというか、そこはかと漂うシュールさが好きでなんとなく信頼して笑い担当に振ることがよくある。


「笑いの取れる役者」に共通しているのはどことなく「観客を手玉に取っている」事かな。観客の理解やノリやリズムを肌で感じて、「今日はこの間で」とか「ここは少し待とう」とか「今日は何やっても受けるからイケイケで」とか無意識にあるいは計算して使い分けている気がする。その「客との呼吸を合わせる」ことが出来る役者は笑いも取れるしやっぱり芝居もうまい。


で今回の「ラバーズコンチェルト〜かえで版」だが。


前振りが長かったのはなかなか本題に入る勇気がなかったからだけど・・。
う〜ん、こんなこと書くと三カ月稽古してきた役者や見に来て下さったお客さんに申し訳ないのかな。
そして実際に「面白かった!」「楽しかった!」と言って下さるお客さんが存在するなかこんな事言うのってどうかと思うんですけど。
そしてこんな事自ら言ってしまう作家もいないと思うんですけど・・・・。


だけどここを認めないと俺先に進めない様な気がするんですよね。

え〜と。

え〜と。

あのね。

「かえで版」は失敗作です。 すいません。もっと面白く出来た筈、という意味で失敗作です。



「第八回全国安産大会」以来、一作ごとにグレードを上げてきた(と自負しています)僕ですがここに来て停滞したというか大きく後退した、その責任を今ひしひしと感じています。


敗因はいくつもあります。テッパンで笑いが取れるシーンに行くまでに時間がかかり過ぎたというか、そこへ行くまでにお客様が置いていかれてたといいますか。早い話、前半で飽きちゃうんですよね。


作家として、演出家としてこの座組でどういうホンにすれば狙っていけるのか見誤ったと思います。
コメディリリーフとなるべく役者もいたのに。そして執筆当初に見据えていた物語の形と、結果書きあがった形にズレがあり過ぎた。ズレがあるのはいいんです。ホン書くときはいつもそれを狙って書いてますから。だけど今回はズレ過ぎた。


まぁたとえば劇中劇 あれ小難しいでしょ。早口で何言ってるか分からないし。あれはわざとやっていて、ゆっくり喋っても分からないんです。「瓦全の罪は万死に値する」とかね。「塗布は塗布を越えただ含浸するのみ」とかね。
いずれそれを修正していくことによって分かりやすく面白くなっていくという仕掛けだったんです。
敢えて「ガ行」の言葉を多用してドイツ語っぽく聞かせて。「イタリア歌劇を日本人が演じて、その台詞がドイツ語っぽい」そんな日独伊三国同盟にGHQが拒否反応を示す。という構造。
彼女達に要求した芝居もヒトラーの演説っぽくだったりとか。


だけどその仕掛けは最後まで解除されずに、(膨大な話になりそうだったので)終わってしまった。


策士策に溺れた感、無きにしもあらず。


新撰組って負けたら即、死だったそうですね。


僕も一度失敗作を書いた以上、ここで筆を、まぁ折りませんけどね。


まぁ「戦後の世相」というファクターを使って「あざみ版」とは真逆のアプローチをするという試みは楽しかったしそれなりに意義はあったと思います。「二つ一度に書くから」とも揶揄されましたがこの試みの難しさもコツもつかめたので次は別の仕掛けでやろうと思います。例えば「陪審員達の審理」と「事件そのもの」とか、ホームドラマで夫と妻の目線にするとか、「尻盗り物語」で「道三編」と「信長編」とか、「物語」そのものとそれを生み出すのに七転八倒してる作家の話とか。最後僕ですね。


こんな事書いて大丈夫かな。波紋起きないかな。さっきブログランク見たらめっちゃ上がってたんだよな。普段メッチャ低いのにこんな時に限って。まぁいいやアップしよっと。


貞岡秀司ですがご用はございませんか。
posted by ラストブランド at 00:18| 東京 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | さださん日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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